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個人からの救い56

 投稿者:hermit  投稿日:2011年 9月 4日(日)04時56分30秒
返信・引用
  個人からの救い、この考えは間違いだった。本末転倒だったかもしれない。ただ、逆に個人の精一杯の頑張りは、普通に大切である。孤立するな。社会の中で皆と協力せよ。一人の部屋にこもっていたとしても。   (終)  
 

個人からの救い55

 投稿者:hermit  投稿日:2010年 8月21日(土)15時47分21秒
返信・引用
  あわれみを受けたので、心まで死なずにすんだ。人は一人では生きて行けない。  

個人からの救い54

 投稿者:hermit  投稿日:2010年 3月12日(金)10時25分19秒
返信・引用
  自由意志というものが、果たして本当に自分の意思なのか?自己というものが、本当に自分なのか?
心の奥と外界はつながっているのではないか?そして、相対的なのではないか?全体と個も同様。一者と他者も相対的で、内的、外的につながっている。
 

個人からの救い53

 投稿者:hermit  投稿日:2010年 3月 9日(火)16時10分51秒
返信・引用
  個人からの救いと言うが、神からの救いあってこそである。  

個人からの救い52

 投稿者:hermit  投稿日:2010年 2月18日(木)16時23分51秒
返信・引用
  個人からの救いとは、星の声を聞いて、星をうまく使って運命を切り開いて行くことかも知れない。神はいらっしゃる。星を御造りになったのも神様だ。  

個人からの救い51

 投稿者:hermit  投稿日:2010年 2月18日(木)16時10分13秒
返信・引用
  実に久しぶりにこのページを開いた。ダイエットも半ばリバウンドとなった今、この個人からの救いという考えもむなしい気もする。ただ、この間、アストロロジーの勉強が少し進んだ事によって、少し書き加えることがあるようにも思う。石川源晃氏によれば、アストロロジーは、嵐の中の船の船長に、無事に陸上にたどり着ける進路を示すことのようだ。運命は変えることができると主張する占い師の方々を私は好む。  

個人からの救い50 楽観力

 投稿者:hermit  投稿日:2009年 7月 3日(金)02時16分15秒
返信・引用
  我々は予期せぬ事態に直面すると、自信を失い悲観的になることがある。意思や理性で築いたものが、見えない力に翻弄されるかのように、一瞬にして崩れてしまうような時だ。しかし、ここには盲点があるのだ。我々は事態の全体像を把握しきれていない時がある。情報というものは、現代社会において、管理され、誘導されている。論点がずれるのを覚悟で、マイケル・ジャクソン氏の突然の死去について触れたい。私にとってそれは突然で予期せぬ出来事であった。CDをもっと早く安く手に入れておけば良かったと思い、己の先見の明の無さに悔しく思う。しかし、ここに盲点がある。ニュースとは意図的にショッキングに作られているのだ。しかもそこにもビジネスと結びつけようという意図も働くのだ。ニュースが良心的ならば、彼の危機的状況をあらかじめ報道することができたはずなのである。そうすれば我々のショックはもっと和らいだであろう。ニュースはわざとショッキングを好むのである。だから、我々は、彼の死を悼みこそすれ、その突然性にまで、打ちのめされる必要は無いのである。 さて、やはり論点がずれた。 私の主張は以下の通りである。私が意思や理性によって築いてきたことが、あたかも無意識のあざ笑う反撃のように、突然崩れることがある。しかし、それは、もっと単純な原因を見落としているだけなのかもしれない、つまり
意思や理性による努力は、もしそれが本当に予見的なものでもあるならば、十分に有益でありうるということである。無意識が、あるいは何らかの悪意がそれをつねに、ギリシア悲劇のように打ち壊すのではなく、たんに、そこに落ちている石ころに気づかなかったことによるかもしれないのだ。もちろん、ハプニングは起こりうるわけだが、例えば天王星が影響するかもしれないが、それは決定てきに全てを否定すると言うより、盲点を強化してしまうとも考えられると思うのだ。我々の努力は無意味でも弱くも無い。我々は全てに通じていることは難しいと言うことにすぎない。そして、それを踏まえていれば、動揺は制御できるかも知れないし、フォボスとダイモス、恐怖と潰走に背を向けて恐怖でいっぱいになる必要もないかも知れないのである。理解できない相手は恐いとしても、理解できる相手には正面から立ち向かうこともできると思うのである。それが私の主張したい楽観力である。
 

占星術

 投稿者:hermit  投稿日:2009年 4月28日(火)19時23分17秒
返信・引用
  マンリー・P・ホール氏の文章を読んで、私は占星術を信じるに到った。  

個人からの救い49

 投稿者:hermit  投稿日:2009年 4月28日(火)19時21分13秒
返信・引用
  誤解を恐れずに極論気味に言えば、恩寵を生かすのも個人ではないかと思う。
恩寵と言えば、生きていること自体、全世界が恩寵の賜物だ。 個人の努力は生きる意味として価値があるかもしれない。
 

個人からの救い47

 投稿者:hermit  投稿日:2009年 4月28日(火)19時14分29秒
返信・引用
  結局、この考えはむなしいのではないかと思っていた。結局は恩寵である、と。
救いは恩寵からのみ来ると。 しかし、今日は 個人からの救い という考えもいまだ無意味ではないかもしれないと思う。恩寵であることは十分にふまえてだ。
 

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